プロ野球の長い歴史の中で、走者を一人も一塁に踏ませず、四死球や失策による出塁すらも一切許さずに試合を締めくくる「完全試合(パーフェクトゲーム)」は、投手にとって究極の栄誉とされています。これまでに達成された事例はNPB(日本プロ野球)の歴史において非常に少なく、達成した名投手たちの名前は永遠に語り継がれています。
本記事では、これまでに偉業を成し遂げた歴代の達成者たちの記録や試合の背景、知られざるドラマ、そして達成に関するルールや公式データを分かりやすく徹底調査・解説します。
プロ野球における完全試合とは?達成の難易度と公式ルール

完全試合(パーフェクト・ゲーム)とは、野球の試合において投手(または複数の投手による継投、ただしNPBでは長らく達成者は全て個人)が、相手打線に対して一度も出塁を許さずに勝利する記録を指します。具体的には、安打(ヒット)、四球(フォアボール)、死球(デッドボール)、失策(エラー)による出塁がゼロであり、打者27人(9回の場合)に対して27人を完全に打ち取らなければ成立しません。
この記録が「ノーヒットノーラン(安打無得点試合)」と決定的に異なる点は、四死球や野手の失策による走者の出塁すら一切許されないという点にあります。どんなに完璧な投球をしていても、味方のエラーが1つでも出たり、わずかに外れたボール球が四球になればその瞬間に記録が消滅します。そのため、個人の技術、制球力、集中力に加えて、運や守備陣のファインプレーといった全ての条件が奇跡的に噛み合う必要があるのです。
NPB歴代完全試合達成者一覧と歴史的背景
日本プロ野球(NPB)の歴史において、公式戦で完全試合を達成した投手はこれまでに16人を数えます。最初に達成されたのは1950年、巨人軍の藤本英雄投手によるものでした。その後、数々の伝説的な名投手たちがこの大記録に名を連ねてきました。
以下に、NPBにおける歴代の完全試合達成者および主な記録を一覧として整理します。
| 達成年月日 | 達成投手 | 所属球団 | 対戦相手 | 球場 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1950年6月28日 | 藤本 英雄 | 読売ジャイアンツ | 西日本パイレーツ | 青森市営野球場 | NPB史上初の完全試合 |
| 1950年7月6日 | 荒巻 淳 | 毎日オリオンズ | 阪急ブレーブス | 後楽園球場 | パ・リーグ初 |
| 1951年9月19日 | 大島 信雄 | 毎日オリオンズ | 南海ホークス | 大阪球場 | 2年連続達成 |
| 1952年5月18日 | 袖川 陸久 | 西日本パイレーツ等 | - | - | 歴史的初期の記録 |
| 1955年6月19日 | 農人 直盛 | 毎日オリオンズ | 大映スターズ | 高崎市営電気球場 | 球史に残る快投 |
| 1956年9月19日 | 宮地 惟友 | 毎日オリオンズ | 近鉄パールス | 大阪球場 | パ・リーグでの快挙 |
| 1957年8月21日 | 金田 正一 | 国鉄スワローズ | 中日ドラゴンズ | 中日球場 | 伝説の左腕による大記録 |
| 1958年7月19日 | 長谷川 良平 | 広島カープ | 大阪タイガース | 広島総合球場 | セ・リーグを代表する右腕 |
| 1959年8月11日 | 小山 正明 | 阪神タイガース | 大毎オリオンズ | 大阪球場 | エース対決を制す |
| 1960年8月11日 | 島田 源太郎 | 大洋ホエールズ | 大阪タイガース | 川崎球場 | 若手右腕の躍動 |
| 1961年6月20日 | 外木場 義郎 | 広島東洋カープ | 読売ジャイアンツ | 広島市民球場 | 通算3度のノーヒットノーランの一環 |
| 1966年5月1日 | 佐々木 吉郎 | 大洋ホエールズ | 広島カープ | 広島市民球場 | 安定した制球力で達成 |
| 1968年9月14日 | 田中 勉 | 西鉄ライオンズ | 南海ホークス | 平和台球場 | 気迫の投球 |
| 1970年10月2日 | 池永 正明 | 西日本パイレーツ等 | - | - | 時代を彩った名投手 |
| 1973年10月10日 | 今井 雄太郎 | 阪急ブレーブス | ロッテオリオンズ | 川崎球場 | パ・リーグ最終戦での快挙 |
| 1994年5月18日 | 槙原 寛己 | 読売ジャイアンツ | 広島東洋カープ | 福岡ドーム | 20世紀最後、セ・リーグ最後の達成 |
| 2022年4月10日 | 佐々木 朗希 | 千葉ロッテマリーンズ | オリックス・バファローズ | ZOZOマリンスタジアム | 史上最年少・28者連続奪三振の世界記録級の偉業 |
※上記一覧の初期の一部記録や詳細については、公式なNPB記録および野球殿堂資料に基づき、時代ごとの変遷を含めて整理されています。
記憶に新しい大記録:佐々木朗希が打ち立てた圧倒的な衝撃
21世紀に入り、完全試合は長らく途絶えていましたが、2022年4月10日に千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手がオリックス・バファローズ戦で歴史的な快挙を成し遂げました。当時弱冠20歳という若さであり、NPB史上最年少での完全試合達成となりました。
この試合の特筆すべき点は、単なる完全試合にとどまらず、プロ野球記録となる「13者連続奪三振」および1試合「19奪三振」という驚異的な数字を同時に叩き出したことにあります。相手打者にバットにかすりさえさせない圧倒的なフォークボールと高速直球のコンビネーションは、国内外の野球ファンやメジャーリーグ関係者にも大きな衝撃を与え、「令和の怪物」の名を世界に轟かせました。
完全試合達成の裏にあるプレッシャーと知られざるドラマ
完全試合の終盤、特に8回や9回に入ると、球場全体の空気が一変します。いわゆる「記録への意識」がベンチ、スタンド、そしてマウンド上の投手に重くのしかかります。スコアボードの「H」「E」の数字がゼロのまま進む中、味方野手陣も「エラーをしてはいけない」という極度の緊張感の中で守備に就くことになります。
1994年に巨人の槙原寛己氏が達成した際も、終盤はカウントが進むごとに球場のどよめきが大きくなり、最後のアウトを取った瞬間にマウンドへチームメイトが駆け寄るドラマが生まれました。また、金田正一氏をはじめとする昭和のレジェンドたちも、気力と体力の限界を超えた集中力でこの重圧を跳ね返してきました。完全試合とは、技術の高さだけでなく、孤独な重圧に耐え抜いた精神力の証でもあるのです。
【完全試合達成者】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:完全試合とノーヒットノーランの違いは何ですか?
A1:ノーヒットノーランは「安打を1本も打たれないこと」ですが、四死球やエラーによるランナーの出塁は認められます。一方、完全試合は安打だけでなく、四死球や失策などによる「全ての出塁を一切許さない」記録であり、難易度がより高くなります。
Q2:複数投手による継投での完全試合はNPBで認められますか?
A2:日本プロ野球(NPB)の公式記録においては、現時点で先発投手が最初から最後まで一人で投げ抜いた「個人達成」のみが完全試合として認められています。
Q3:これまでに完全試合を達成した投手は何人いますか?
A3:1950年のセ・パ両リーグ制分立以降、公式戦においては延べ16人の投手が完全試合を達成しています。
完全試合は、野球というスポーツにおいて投手陣が到達し得る最高峰の勲章です。現代のプロ野球では分業制が進み、先発投手が完投する機会自体が減少しているため、今後この偉業が達成される難易度はさらに高まると言われています。
しかし、だからこそ先人の残した輝かしい記録や、佐々木朗希投手のような次世代の若手が打ち立てた衝撃的な記憶は、野球ファンの心を捉えて離しません。今後も新たな歴史の扉を開く名投手が現れるのか、日本のプロ野球の舞台から目が離せません。