プロ野球の歴史において、数々の強烈なインパクトと愛すべきキャラクターでファンを魅了し続けたレジェンド投手がいます。それが、昭和最後の完全試合達成者として知られる元阪急ブレーブスの今井雄太郎氏です。「殿様」の愛称で親しまれ、豪快なエピソードと卓越したピッチングセンスを併せ持ったその足跡は、今なお色褪せることがありません。2026年現在の動向や、数々のタイトルを獲得した現役時代の軌跡、そして語り継がれる驚きの素顔を徹底的に紐解いていきます。
昭和最後の完全試合と阪急ブレーブスでの輝かしい軌跡

今井雄太郎氏の代名詞といえば、何と言っても1978年8月31日に達成した完全試合です。対ロッテオリオンズ戦(後楽園球場)において、相手打線を完璧に封じ込め、プロ野球史にその名を刻みました。これは史上14人目の快挙であり、同時に「昭和最後」の完全試合、さらには史上初の指名打者(DH)制度下での達成という歴史的な記録となりました。
阪急ブレーブスの主力投手として君臨した今井氏は、チームの黄金期を牽引しました。1981年には19勝を挙げて村田兆治投手と最多勝を分け合い、さらに1984年には21勝9敗、防御率2.93という圧倒的な成績を残し、最多勝、最優秀防御率、ベストナインのタイトルを総なめにしました。同年はチームの6年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献し、優勝決定時には胴上げ投手としてマウンドに立つという最高の栄誉を掴んでいます。
伝説の酒豪エピソードと『あぶさん』のモデルになった素顔
今井雄太郎氏を語る上で絶対に外せないのが、その圧倒的な酒豪っぷりと数々のユニークな伝説です。新潟県出身の大酒飲みとして知られ、水島新司氏の人気野球漫画『あぶさん』の主人公・景浦安武の親友モデルとしても登場しました。当時、漫画を読んだ今井氏の子供から「親父、いつも酔っぱらって野球やってるんか」と真剣に尋ねられたという微笑ましいエピソードも残されています。
「日本シリーズの試合前に酒を飲まされたこともある」という豪快な逸話の一方で、完全試合を達成した試合前には一切酒を飲んでいなかったことは本人の証言や周囲の記録でも明らかになっています。また、完全試合達成を記念して阪急百貨店専務の勧めで180万円の絵皿時計を作り関係者に配ったものの、当時の自身の年俸が300万円弱だったため、妻から大目玉を食らったという人間味あふれるエピソードもファンの間で語り草となっています。
「殿」の愛称と親分肌:オリックス時代と「殿様リリーズ」
1989年、球団の親会社が阪急電鉄からオリックスに移行してからも、今井氏はベテランとしてチームを支え続けました。年齢を重ねてからは先発だけでなく中継ぎや抑えも務め、投手陣の精神的支柱となりました。
その気取りのない優しい性格と親分肌な気質から、後輩たちからは「殿」と慕われ、今井氏を中心とするオリックスのリリーフ陣は「殿様リリーズ」と呼ばれました。実力と愛嬌を兼ね備えたリーダーシップは、若手選手たちに大きな影響を与え、チームの結束力を高める原動力となりました。
今井雄太郎氏の主な経歴とタイトル獲得の歩み
今井雄太郎氏が歩んできたプロ野球選手としての経歴や、主要なタイトル獲得の歴史を分かりやすくテーブルにまとめました。
| 時期・年代 | 主な出来事・キャリア | 主なタイトル・実績 |
|---|---|---|
| 1949年8月4日 | 新潟県長岡市に誕生する。 | - |
| 1978年8月31日 | 対ロッテ戦(後楽園球場)で完全試合を達成。 | 史上14人目・昭和最後の完全試合 |
| 1981年シーズン | 19勝15敗の成績をマークする。 | 最多勝(村田兆治とタイ) |
| 1984年シーズン | 21勝9敗、防御率2.93のキャリアハイ級の活躍。 | 最多勝、最優秀防御率、ベストナイン |
| 1990年オフ | 福岡ダイエーホークスへ移籍。 | この頃から妻の実家がある佐賀県に居住 |
| 引退後〜現在 | 野球解説者・タレントとして活動。佐賀での飲食店経営も経験。 | レジェンドOBとしてのメディア出演多数 |
現在の動向と佐賀での生活、飲食店経営の歩み
1990年オフに福岡ダイエーホークスへ移籍したことを機に、今井氏は2歳年上の妻の実家がある佐賀県佐賀市に拠点を構えました。引退後も佐賀を愛し続け、地域に根ざした生活を送っています。
2007年からは佐賀駅北口で定食屋「ゴッドマザーイマイ」を経営(2017年9月に閉店)。家族会議で店名を「ゴッドマザー」と決めたものの、なぜか看板が「ゴットマザー」になっていたというお茶目なエピソードも残されています。妻と二人三脚で歩んできた人生ですが、2013年11月に最愛の妻を食道がんで亡くすという悲しみを乗り越えてきました。なお、佐賀駅南口では息子が「串カツ イマイ」を切り盛りしており、今井氏も時折店を手伝うなど、温かい家族の絆を大切にしながら現在も元気な姿を見せています。
【今井雄太郎】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:今井雄太郎氏が達成した完全試合は、プロ野球史においてどのような位置づけですか?
A1:1978年8月31日に達成されたこの記録は、プロ野球史上14人目であり、現時点で「昭和最後」の完全試合となっています。加えて、指名打者(DH)制度が導入されてから初めて達成された完全試合としても、野球史に深く刻まれています。
Q2:今井雄太郎氏の現役時代のプレースタイルや特徴はどのようなものですか?
A2:卓越した制球力と投球センスを持ち、大舞台や勝負どころで強い投球を見せました。また、豪快な酒豪エピソードとは裏腹に、マウンドでは冷静沈着かつ大胆なピッチングで阪急ブレーブスのエースとして君臨しました。
Q3:今井雄太郎氏の現在の活動拠点や暮らしぶりはどうなっていますか?
A3:長年暮らす佐賀県を拠点に、野球解説者やタレントとして活動しています。佐賀市内では家族が営んできた飲食店をサポートするなど、地域に愛されるレジェンドとして穏やかで充実した日々を送っています。
昭和から平成、そして令和へと時代が移り変わる中でも、今井雄太郎氏が放つ独特の存在感と輝きは色褪せることがありません。昭和最後の完全試合という圧倒的な大記録を打ち立てながら、気取りのない人柄で「殿」と愛され、豪快な酒豪伝説や家族を大切にする温かい素顔を持ち合わせていたからこそ、今なお多くのプロ野球ファンからリスペクトを集め続けています。
効率やデータが重視される現代の野球界において、今井氏のような圧倒的な個性と人間味あふれるレジェンドの生き様は、スポーツが持つ本来の面白さや深みを私たちに改めて教えてくれます。今後も野球解説やメディアを通じて語られるその言葉やエピソードは、世代を超えて多くの人々に愛され続けることでしょう。